長野県・善光寺「日本忠霊殿」
創建年
- 1906年(明治39年)
再建年
- 1970年(昭和45年)
建築様式(造り)
- 鉄筋コンクリート造り
- 三重塔
- 霊碑堂
屋根の造り
- 方形造り
ご本尊
- 善光寺如来(作・関野聖雲)
長野・善光寺「日本忠霊殿」の読み方
「日本忠霊殿」は「にほんちゅうれいでん」と読みます。
長野・善光寺「日本忠霊殿」の歴史・役割・御本尊
「日本忠霊殿」は、戊辰戦争等、数多くの戦争で亡くなられた英霊を祀るため1906年に設立され1970年に改築されています。
建築様式は三重塔、いわゆる「卒塔婆(そとうば)」であり、中には英霊がの遺骨や遺髪が安置されています。
階層は3階建てで1階部分が「史料館」となっています。
現在、日本忠霊殿で祀られている英霊の数は240万以上とも言われており、日本でたった1つの「仏式霊廟」になります。
ちなみに「霊廟」とは、特別な人物を祀るための建造物のことを指します。
霊廟の呼称は他に以下のような呼び方もされます。
- 霊廟(れいびょう)
- 廟(びょう)
- 霊屋(たまや)
- 御霊屋(みたまや・おたまや)
霊廟には種類があり、神式霊廟、仏式霊廟、儒式霊廟などに分類されます。
ちなみに「仏式」の霊廟とは寺院が管理している霊廟、もしくは霊廟で祀られている人物を祀るために寺院が建立された、などと言うことで「仏式」が付されます。
「神式」は神社が管理している霊廟、もしくは霊廟に祀られている人物を祭祀した神社と言うことになります。
これらの英霊は、日中戦争や第二次世界大戦で命を落とされた方々の遺髪や遺骨を善光寺が引き取って祭祀したものです。
引き取った際、「財団法人善光寺日本忠霊殿造営奉賛会」を結成し、日本全国に浄財を求めて忠霊殿建立に至っています。
善光寺・忠霊殿のご本尊「善光寺如来」
この日本忠霊殿の御本尊には「善光寺式三尊像(一光三尊阿弥陀如来)」、通称・「善光寺如来」をお祀りされています。
ただし、日本忠霊殿の善光寺如来様は、善光寺本堂のオリジナルを模造して、「関野聖雲(せきのせいうん)」によって造立されています。
関野聖雲は、大正〜昭和初期に活躍した彫刻家で、明治44年に東京美術学校彫刻科選科を卒業したのち、仏師・高村光雲(たかむらこううん)の門をたたき弟子になっています。
その他、日本忠霊殿には「善光寺史料館」が併設されています。
長野県・善光寺「善光寺史料館」
「善光寺史料館」は、日本忠霊殿に併設された史料館です。日本忠霊殿の1階部分が「史料館」となっています。
1階では7年に1回しか拝見できない善光寺の御開帳の様子を映像で見ることができます。
善光寺史料館では、仏師・高村光雲、米原雲海(よねはらうんかい)作の仁王像の原型や、羅漢像を代表として様々な仏像が展示されています。
米原雲海は島根県出身の彫刻家で高村光雲の弟子にあたる人物です。1907年に平櫛田中、山崎朝雲らと共に日本彫工会を創設し、日本彫刻の発展に努めています。
仁王像は通常、金網の外側でしか拝見できず細部まで見れないのですが、この善光寺資料館では原型が展示されていますので細部までジックリと見学することができます。
他にも、史料館では絵馬も展示されています。
時期によっては重要文化財である「経蔵(きょうぞう)」の特別展など貴重な歴史的展示物を拝見することも可能です。
日本忠霊殿の御朱印
忠霊殿の御朱印は、令和元年より、「諸堂めぐり」の御朱印として新しいデザインのものが授与されています。
- 御朱印のお布施(値段):500円
日本忠霊殿・善光寺史料館のINFO
住所:長野県長野市元善町491
電話受付時間:毎日午前9時~16時30分(12月31日は14時まで)
営業時間(拝観時間):9時〜16時まで
拝観料(本堂内陣参拝券):大人500円、高校生200円、小中学生50円、幼児は無料
※本堂内陣参拝券を所持していれば内陣参拝、お戒壇巡り、善光寺史料館へ入館できます。
山門・経蔵拝観と上記の共通券は1000円(上記、内陣+山門拝観+経蔵拝観のセット拝観券)