【奇怪】長野善光寺の周辺には何故か同一の姓・「若麻績(ワカオミ)」が多い!その理由を完全暴露!

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【奇怪】長野善光寺の周辺には何故か同一の姓・「若麻績(ワカオミ)」が多い!その理由を完全暴露!

知ってましたか?

何故か善光寺の周辺付近には、ある名前の住人が数多く住んでいるという噂があります。

そのある名前とはなんと!「若麻績」という名前だそうです。

この噂の真相が本当なのか?・・を少し調べてみましたので下記でご紹介してみようと思います。

まず・・「若麻績」の読み方

若麻績」という名前は珍しいので読み方が分からない方がほとんどだと思われますが、「わかおみ」や「わかませき」「わかまづき」と読むようです。

ちなみにこの「若麻績」というのは名前と言いましたが詳しくは「姓」の方になります。

それで、実際にどれくらい「若麻績」がいるの??

善光寺には現在、宿坊を含めた40近い塔頭寺院が存在し、その内の約15寺ほどの住職の名前がなんと!「若麻績」だといいます。

さらになんと!これらの住職は現代に至っても世襲で成り立っているそうで、つまり代々「若麻績」氏が住職として受け継いできたことになります。

現代の日本においては、代々、世襲で受け継いでいくというのは余程の重要なことだと認識せざるをえません。

それで「若麻績」さんの居住者数は?

この「若麻績」さんですが、日本全国でも長野県だけに集中して在住しているようです。
それも善光寺・長野市内に集中しているようです。

ただし、何人くらいが在住しているか?などの詳しい人数までは把握できませんでしたが、数えることができるくらいの人数のようです。

何故、「若麻績」の人が善光寺の周辺付近に多いのか?

この「若麻績」氏のルーツについて調べてみたところ・・なんと!驚きの事実が判明しました!

やはり「若麻績」氏の祖先が非常に非常に!善光寺と深い縁がある方で、善光寺に参拝される方であれば恐れく大半に方が認知している方です。

誰だかお分かりになりますか?

その「若麻績」の祖先とはなんとぉぅぉぅ!「本田善光」その人だったのです!

これはおそらくほとんどの人があまり知らない事実となりますが、実は本田善光には本名があり、本名を「若麻績東人(わかおみのあずまびと)」と呼称します。


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若麻績東人と善光寺の創建

若麻績東人は、善光寺創建前に大阪にいました。

この時、ちょうど廃仏派の物部氏と崇仏派の蘇我氏の諍い(いさかい)が勃発しており、蘇我氏から仏像を奪い取った物部氏が、大阪付近の「とある池」にその仏像を投げ捨てました。

この「とある池」とは、大阪の西区北堀江にある阿弥陀池(あみだいけ)という名前の池です。

その後、この仏像を若麻績東人が池から救いあげて、自らが住む長野県飯田の伊那郡麻績へ持ち帰り、この地に草庵を築き、ここに仏像を祀ることになります。

そしてこの仏像こそが絶対秘仏の善光寺如来ということになります。

その後、624年(皇極天皇元年)に現在の善光寺の場所へ仏像を遷してお祀りすることになり、現在に至ります。

以降、千年以上の時が流れた今でも、若麻績東人(本田善光)氏の意志を汲んでその子孫たちが世襲制で代々、お役目を継承しているということになります。

素晴らしい伝統です。まさにこういった伝承こそが国宝といえるのではないでしょうか?

ところで・・「大阪の阿弥陀池ってまだあるの?」

ここまで読みすすめて気になる方は気になったかもしれません。

ズバリ!上述の「大阪の阿弥陀池」ですが、現存しているのか気になりませんか?

実は今でも現存してるんです!驚きです!

ご興味のある方は是非!行ってみてください。

尚、この阿弥陀池は和光寺という寺院の境内の池になっています。

何でも後世で善光寺との縁を重く見た智善(ちぜん)という僧侶が1698年(元禄11年/江戸時代)に寺院を創建して池を保護しようと考えたそうです。

その智善ですが、なんと!長野善光寺第113世の上人「智善上人」だったそうです。

行かれた際は、寺院で参拝するのをお忘れなく。

和光寺のお問合せ先

住所:大阪府大阪市西区北堀江3-7-27
電話番号:06-6531-1360
アクセス:地下鉄千日前線「西長堀」下車5号出口を出て北進。最初の筋を右折し直進約100M。

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