長野🐮善光寺「参道にある幻の48の燈籠」とは?

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参道にある48の燈籠とは?

長野駅から善光寺・本堂へ到る参道には「十八丁の石碑(十八の丁石)」のみならず、燈籠も建ってい申す。ガハっ

かつて善光寺に到る参道の沿道には48基もの灯籠が連なるようにして立っていたと伝えられてい申すが、現在は28基しか見られない。

これは理由があって、戦後、参道にアーケード(天窓のついた屋根/=商店街で良く見かける屋根のこと)が取り付けられた際、その影響で燈籠が撤去されたのだった。

しかしながら、近年このアーケードが撤去されたことによって燈籠を復元しようとする動きが生じ、復元計画を掲げて寄付を募ったところ、現在では28基の燈籠が復元された。

灯籠の復元の寄付

この燈籠の復元は一般の方からの浄財(寄付金)によっても賄われており、善光寺では浄財の寄付を募ってい申す。ダハっ

燈籠の復元事業の寄付金は一口1万円であり、寄付した方は銅板に名前が彫っていただけ、その銅板が燈籠に付けられて末代におよび、名前が残せる。

寄付した方は下記、善光寺まで。

⬆️寄付者の名前が刻字された大理石が灯籠に埋め込まれる。右上は灯籠の番号と思われる。

善光寺・参道の燈籠の造り・材質など

  • 燈籠の型:春日型灯籠
  • 燈籠の屋根の材質:ヒノキ

火袋のデザインに注目💘

それぞれの灯籠の火袋(ひぶくろ)の部分(灯明が灯る部位)には、1本々々、異なる意匠のデザイン画があしらわれているが、これらは「ながの灯明まつり」で入選作品になる。

花柄

白キツネの顔(お面?)

なんやこれ


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善光寺参道にはなぜ48本の灯籠が建てられた?

48本建てられた理由は以下の仁王門前に建てられている立て看板に記されてい‥‥‥申す。

【補足】善光寺表参道に灯籠を復元建立する事業

善光寺より長野駅まで続く、48基の灯籠は昭和11年のご開帳時に建立された春日灯籠を蘇らせ、門前町長野の歴史と文化の再興を願い建立されました。

これは善光寺本堂に奉斎される阿弥陀如来像の四十八の大願に由来し、建立された。

四十八基の灯籠にハメ込まれた石版には奇数に善光寺大勧進の小松玄澄貫主、偶数には善光寺大本願の鷹司晢玉上人の真筆が刻まれてい‥‥‥申す。

仁王門北東に第一願を、北西側に第四十八願として、善光寺に始まり、善光寺に帰ることで、お浄土にいけるように願うもの。

灯籠の火袋に描かれる模様の意味

灯籠の火袋には「ながの灯明まつり」の入選作品が飾られている。

完工にあたり、善光寺ならびに長野市はじめ地元区・商店街の協力と全国五千六百余名もの崇敬者からの寄付に感謝申し上げますとともに、平成17年有志の立ち上げから今日まで、様々な苦楽を共にして来た皆様には心より御礼申し上げます。

平成24年3月吉日

善光寺表参道に灯籠を復元建立する会 会長 加藤久雄

善光寺🐮「四十八の灯籠」の場所(地図)

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