長野県・善光寺「駒返り橋」

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長野県・善光寺「駒返り橋」

善光寺・駒返り橋

善光寺・駒返り橋の読み方

善光寺の境内には、難しい漢字の表記のお堂や仏像が存在しておりますが、善光寺・駒返り橋は「こまがえりばし」と読みます。

善光寺・駒返り橋の歴史・由来

善光寺は源頼朝の伝説が数多く残されたお寺でもあります。

仲見世通りを抜けた左側、善光寺参道の入り口にある小さな石橋は「駒返り橋」と呼ばれています。

1197年に源頼朝が善光寺を訪れ、その際に馬の蹄が穴に挟まり困ったため、駒返しをした場所であると言い伝えられています。

つまり、駒返り橋で源頼朝は乗ってきた馬から降りて、自分の足で歩いて善光寺を参拝されたのです。

駒返り橋はその前後にある石畳とは異なり、細長い石が橋のように並べられています。

橋といっても長さは数メートル、幅は1メートル未満の小さな橋です。

また、駒返り橋の隅っこには穴が開いた石があり、その穴に源頼朝が乗っていた馬の蹄が挟まったと言われています。

善光寺・駒返り橋0善光寺は何度も火災に見舞われたことでも有名ですが、源頼朝は善光寺を復興させようと命令を出し、自らも善光寺に訪れていました。

尚、源頼朝の妻である北条政子も善光寺への参拝を希望していましたが、実現する前に亡くなられたと伝えられています。

源頼朝は善光寺を復興した重要人物として祀られ、かつては源頼朝を祀るための源三代将軍堂が信濃善光寺・甲斐善光寺にはあったと言われています。

ちなみに、源頼朝の像は日本最古の彫像としても有名です。

善光寺・駒返り橋の場所

善光寺へ本堂へ続く石畳の参道を進み、仁王門を抜けて「三門(山門)」の付近にある「ぬれ仏」の近くにあります。

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