回向柱に触れる理由とは❓善光寺の本尊を拝するとどんなご利益が得られる❓

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「善光寺縁起」に記される善光寺本尊のご利益

善光寺に伝わる善光寺縁起には、善光寺の霊験、つまり利益について次のように記される。

  • 地獄行を回避できる
  • 極楽往生
  • 蘇生
  • 再生

蘇生や再生などは縁起内に語られる奇譚の数々のことを意味する。

例を挙げると本田善光は息子である「善佐(よしすけ)」が病死した折、善光寺如来へ相談したところ、如来が閻魔大王と話をして善佐を生き返らせた‥という奇譚。

また、善佐が地獄から現世へ戻る途中、地獄の針の山で、もがき苦しんでいる皇極天皇(こうぎょくてんのう)を見かけ、そのことを知った本田善光は、またもや如来へ相談を持ちかけると如来は皇極天皇までもを蘇らせた。

生き返った皇極天皇はその報恩に際し、善光に甲斐守、善佐には信濃守の位を与え、如来には巨大な如来堂(現在の善光寺)を建立して帰依したとある。

武家が浄土信仰に帰依した理由

戦争や諍いが増えると殺戮がつきものとなってくる。怨霊や鬼、祟りなどの存在が本当に信じられていた時代、地獄行きを回避するために特に殺戮を生業とする武家にとっての浄土信仰とは非常にありがたいものがあった。

そこで霊験譚で知られた善光寺の本尊を模造して築いた寺に祀り、信仰の中核である阿弥陀如来に深く帰依した。

また武家でなくとも生きていくのですら困難だった時代、せめてあの世では幸せに生きたいと願ぅ人々の姿があったことも信仰増大の背景となるものであろぅふぉっ、ふぉっ

浄土とは❓

浄土(じょうど)とは如来の暮らす世界であり、如来と名のつく尊仏にはそれぞれに異なった浄土をもつ。

阿弥陀如来は極楽浄土の主であり、そこは風光明媚で不幸、逆境、苦悩などの概念がない世界とされる。

食べ物🍙や財産👛、性欲💋などの欲に支配されることなく、差別や人を蔑んだり、羨ましがったりする気持ちも生まれなぃ。

心地良き香りが常に漂ぅ中で阿弥陀如来の大いなる説法を永遠に聞くことができると云われる。

なお、浄土信仰の教義では死すると魂が抜き出て極楽浄土へ向かぅのではなく、阿弥陀如来が共を引き連れて迎えに来てくれるとされる。(=来迎/らいごう)


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御本尊(中尊)阿弥陀如来像のご利益

※写真はお借りしたもの(本堂内部は写真撮影禁止)※

現在でも有名な阿弥陀信仰(浄土信仰)では、その中枢を担ぅ信仰として、「南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)」と唱えると極楽浄土へ行けると云ぅものがある。

善光寺御本尊の阿弥陀如来は平安中期、貴族を中心に浄土信仰が拡大すると瞬く間にその霊験が世に知られるところとなり、善光寺は浄土信仰の聖地として栄華を極めていく。

以後、鎌倉時代になると御本尊の分身仏が数多く造立されるようになり、貴族から武家中心の世へ移り変わった後も武家を通じて全国津々浦々の人々の心に深く根付いていくことになる。

分身仏は200余体が現存するとされ、善光寺如来を模して制作されたことから、そのほんどが像高(高さ)50㎝内外の小像にはなるが、一部例外として、甲斐善光寺や安国寺(広島)の等身大かそれ以上の像高を有する分身仏もある。

ちなみに小像の代表例とされるのが、よく善光寺本尊の面影を残すと伝わる「小山善光寺」の北魏式の古仏となる。

(向かい見て左脇侍)勢至菩薩像のご利益

勢至菩薩は果てなき智慧を有し、信仰する者にはその智慧を授けるとされる。

「得大勢至菩薩」とも称される。

単独で造立して奉斎される例は稀少であり、概ね阿弥陀如来の脇侍として奉斎される。

阿弥陀如来を信仰する者がこの世で迷わないように智慧を授ける。

いずれは阿弥陀如来のもとで悟りを開いて仏陀へと転生し、善住珍宝山王如来(ぜんじゅうちんぽうせんぞうにょらい)と名乗り西方に安楽世界を築くと云われる。

(向かい見て右脇侍)観音菩薩のご利益

観音菩薩は果てなき慈悲を有し、信仰する者にはその慈悲を授けるとされる。「観世音菩薩」とも称される。

また、七難(火、水、鬼、凶器、悪人、束縛、強盗)から人々を救済し、三毒(淫欲、怒り、愚痴)を体内から取り除き、二求(たくましい男子or美女)を授けてくれる。

この観音は別名で変化観音とも呼ばれるが、それは救済する折、救済する衆生の姿に合わせた姿で世に現れることに因む。三十三もの姿に変化できるとされる。

三尊が合体したことによるご利益

善光寺の本尊は阿弥陀三尊像と呼ばれるように3体の仏(三尊)が合わさって1つの尊仏を成していることから、そのご利益もそれぞれの尊仏が有する利益が合わさったものがあるとされる。

一光三尊像は人々と親しく交流する仏像

善光寺縁起より伝わる一光三尊像は阿弥陀如来自らの光明によって生み出され、眉間から智慧光を発し、「生身」で人々に接し、人々の声を聞き届け、時に言葉を交わし、温かな心で一切の衆生を救済するとされる。


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女人救済・女人往生のご利益でも知られる❗️

 「皇極天皇(女帝)」に因んだエピソード

善光寺縁起では善光寺如来はインドの「如是姫(にょぜひめ/毘舎利国の長者の娘)」を死の際から救済し、その後、日本では閻魔大王に話をつけ、皇極天皇(女帝)を救済していると記されてい‥‥‥申す。キュッシュァっ(”救済”を表現)

 「遊女・千手」に因んだエピソード

また、鎌倉時代後期に編纂された「吾妻鏡(あずまかがみ)」によると、南都焼討を行なった平重衡(たいらの しげひら)は捕縛され、鎌倉へ送られたが、鎌倉の主人たる頼朝卿は重衡に同情し、千手(せんじゅ/平家物語では「手越長者の娘」と記される)と云ぅ側女に付けて手厚くもてなした。

重衡は程なくして南斗‥ではなく南都!!の僧兵に引き渡されて処刑されたが、その一報を耳にした千手は殿中で倒れてそのまま帰らぬ人ととなってしまった‥‥とされるが、平家物語では千手は善光寺へ行って重衡の菩提を弔ったとある。フォ〜っ!アチョぅぁ!!南斗水鳥拳!とりぃぃゃや! ….。….?

 曽我十郎の妾「虎御前」に因んだエピソード

また、同様に吾妻鏡には、著名な歌舞伎の演目「曽我物語」の主人公・曽我十郎(曽我兄弟の兄)には「虎」と云ぅ愛人がいたが、十郎の菩提を弔うために善光寺へ向かう‥‥というエピソードが掲載される。

吾妻鏡は北条氏(鎌倉幕府)が編集の主導にあたったとされることから、自らにとって都合の悪い事実は記載しなぅぃ、事実とは異なる記述もあると見られているが、この話は当時、有名だった「虎御前」説話を題材にしたものだと伝わる。

吾妻鏡の建久4年6月18日条によると、1193年(建久4年)5月28日に曽我兄弟による仇討ち事件が起こり、同年6月18日に祐成の菩提を弔うために出家の上、善光寺へ向かった‥‥‥という話で締めくくられてい‥‥‥申す。….ちょぃ今あかん

 牛に引かれて善光寺参りの「婆や」に因んだエピソード

その昔、不信心を抱く強欲で知られた老婆がいた。

ある日のこと、庭先にさらしておいた布を牛が引っ掛け、その様子に気づいた老婆は慌てて牛を追いかけ、気づくと善光寺の立派な御堂の前にいた。

老婆はおそるおそる堂の中へ入ると、内部に安置される如来像の前に見慣れた白い布が落ちているのを見つけた。

老婆は、かの牛は如来様が変化した仮の姿であったことを知り、以来、たびたび善光寺へ参詣して極楽往生を遂げたという伝承がある。

 八百屋お七に因む善光寺の「濡れ仏」

山門の手前、六地蔵の脇には「濡れ仏」と呼ばれる地蔵が祀られる。

この地蔵は古来、「濡れ仏」とも呼ばれ、八百屋の「お七」という女性の冥福を祈るために恋人の吉三郎が造立発願したと伝わる。

‥‥以上のように善光寺には数えきれないほどの女人たちが残した信仰の軌跡というものが何らかの形で現存してい‥‥‥申す。….今は無理無理

善光寺が女人の信仰を集めた大きな理由の1つに明治以前、山岳信仰が盛んだった女人禁制が布かれた時代では、高野山のように女人が行きたくても行けなかった聖地が多かった。

にも関わらず、性別・身分を問わず広く門戸を開き、その願いを聞き届ける有難い如来様だったからに他ならぬぅぁぃ。

回向柱に触ると‥なぜご利益があるとされる❓

今日までの善光寺信仰では回向柱(えこうばしら)に触れるとご利益をいただくことができるとされる。

‥‥いったいどんなご利益なのか?

その利益こそが地獄行きを避けることができ、極楽往生できるとされるもの。

回向柱はご開帳の時に松代から巨大な1本の伐採・加工されたアカマツ(赤松)が運ばれてくるが、この回向柱を立てる際、「青、黄、赤、白、黒」の白く太い糸(厳密には「白き布」)を‥‥『い〜と〜巻き♪巻き♪、い〜と〜巻き♪巻き♪ひ〜ぃて、ひぃ〜て、トントン♪』‥‥するが、…こホンっ!この巻きつけた白き布は本堂内部では5色の細い糸に結び直され、その五色の糸は前立ち本尊の右手と結ばれる。

本堂外にそびえ立つ回向柱と前立ち本尊が結ばれた時点で回向柱は前立ち本尊の一部と見なされ、白き布も「善の綱」と呼ばれる霊的な存在に変わる。

これにより回向柱に触れることは前立ち本尊そのものに触れたことにつながり、すなわち善光寺如来と結縁(けちえん/尊仏と縁を結ぶ)することができるとされる。

如来と結縁できるので、柱に触れる際、極楽往生を祈念することで死後、阿弥陀如来が来迎し、極楽往生できるとされる。

世尊院の回向柱に触れることでご利益が倍増する?

善光寺山門前に広がる仲見世商店街の裏通りには「釈迦堂(しゃかどう)」と呼ばれる涅槃姿(ねはん/オッさんが日曜日にビール片手に野球中継見るダラダラした寝姿)の等身大の釈迦如来が奉斎される御堂がある。

この御堂の前にも、やや小振りながら回向柱が立つが、この回向柱と本堂前の回向柱とを触れることにより、「現当二世安楽(げんとうにせいあんらく)」、つまり、来世と現世での幸福が得られるとされる。

来世と現世の幸福が約束される理由としては、「釈迦は現世の仏」、「阿弥陀は来世(浄土)の仏」とされるが所以とのこと。

お戒壇めぐりをすると‥‥‥極楽浄土へ行ける❓

もう1つ、善光寺に来て忘れてならないものに「お戒壇めぐり」がある。

「お戒壇めぐり」とは、善光寺本堂の地下に作られた明かり一つなき真っ暗くら寿司な通路をひたすら歩くこと。…..くら寿司?

目的としては本堂下の地下通路を歩いた先には「極楽の錠前」と呼ばれる錠前(鍵)があり、それを暗闇の中で触ることができたならば、「YOUの極楽往生間違いなし!」の確約をもらえると云ぅもの。….最近、ジャニー喜多川マイブーム

「極楽の錠前」に触れるとなぜ極楽へ行けるのか?

「極楽の錠前」はなんでも絶対秘仏の本尊(善光寺の真の本尊)が安置されるお厨子の真下にあるとされ、この錠前がいつ頃、誰が何の目的で取り付けたのか?‥‥などは明らかにされていない。

ただ、いつ頃からかこの錠前に触れることで極楽往生できるとされる俗信が芽生えたのは確かな事実。それが今日にまで踏襲されていることになる。うきゃ


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善光寺のご利益の根源にある善光寺信仰とは?

善光寺は本田善光と云ぅ人物の自宅が起源とされることから、現在まで一貫して無宗派を謳ってい‥‥‥申す。ムシュゥァっ(”無宗派”を表現)

善光寺が元来、宗派をもたないと云われるのは、こぅした理由が根本にあるからであり、その様相は星霜経て今もなお変わらずに、性別・身分を問わず、誰でも受容できる広く門戸を開いた寺院としての歴史を有する。

この長野善光寺の歴史の変遷を見ていくと、京都清水寺と類似することに気づく。

かの寺も征夷大将軍・坂上田村麻呂と云ぅ個人の自宅を拡張したものが起源とされ、田村将軍の妻・高子夫人も寺の運営をよく助け、その甲斐あって後世では女人から篤い信仰が寄せられ、安産・子宝の信仰で知られるようになる。

そぅ言えば京都清水寺の入口にも善光寺堂と呼ばれる御堂があるが‥‥。はてさて。

その他、利益に直結しないが女性を”口説く”ほどに”功徳”を積める儀式一覧

お数珠頂戴

善光寺の住職だる大勧進の貫主(かんす)と、大本願の上人(しょうにん)が導師として本堂へ昇堂する際、道中の参道にて、ひざまずいていると手にした数珠でド頭に触れて”功徳(くどく)”を、まるで女性を”口説く(くどく)”かの如く、授けてくれる。 ホンマかぃ

御印文頂戴

「御印文(ごいんもん)」とは、御本尊と同様の素材となる「閻浮檀金(えんぶだごん)」で作られた印判のこと。

この印判をデコ(額)に押された者は極楽往生できると伝わる。

御印文は約10㎝ほどの円型をした「牛王宝印(ごおうほういん)」「牛王噞印(ごおうけんいん)」「往生決定印(おうじょうけつじょう)」の3種類の印判をすべてデコに押していただける。

⬆️御印文は写真のような錦の布で包まれている。(戸隠神社にも同様の御印文がある)

「御印文”頂戴(ちょうだい)」と呼ばれ所以はこれが基になってい‥‥‥申す。チョドゥァっ(”頂戴”を表現)

なお、御印文頂戴は実施期間がある。

御印文頂戴の実施期間
  • 通常:1月7日〜1月15日まで
  • 御開帳期間中
御印文頂戴のご利益
  • 極楽往生できる!

お朝事

お朝事(あさじ)とはご開帳期間のみならず、善光寺にて普段から早朝5時30分頃(時期によって変動あり)に執行する儀式のこと。

お朝事の直後、参拝者から寄せられた祈願や供養の回向が執行される。

回向とは、(僧侶が)勤行などを通じて得た口説く‥‥おっと、そっちの”くどく”ではなく功徳!!‥を他人に分け与え、まるで女性を”口説くかの如く、”功徳”を回し向けること。それゆえ「回向(えこう)」と呼ばれる。うきゃ

”功徳”をまるで女性を”口説く”かの如くに積むことができると二世安楽、極楽往生できるとされる。その度合いが知りたぃわぃ!

必殺!経蔵の輪蔵まわし

本堂脇には「経蔵(きょうぞう)」と呼ばれる方形造りの御堂が佇む。この堂の内部には輪蔵(りんぞう)と呼ばれる一切経が収納された書棚がある。

この書棚は回転させること可能であり、回転させることで書棚に収納される一切経をすべて読経したことと同義とされ、それに準じた功徳をまるで女性を口説くようなほど得られるとされる。まだクダリやるかぃ!

びんずるさん

⬆️多くの参拝客に撫でられて顔が変形してい申す。(※本堂内部は写真撮影禁止※写真はお借りしたもの)

善光寺本堂・外陣にも全国津々浦々の寺院で見かけるような「びんずるさん」、正式には「賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)」の坐像が置かれてい‥ます。(フェイント)

賓頭盧尊者は釈尊(釈迦)の弟子である「十六羅漢」の長者的な存在の人物で、生まれながらにして神通力が使えたと伝わる。

しかし神通力を自らの欲求を満たすために使用したことから釈迦より咎(罪)を付され、師の許しを請うべく現在進行形で多くの人を救済すべく功徳を積んでい‥申す。…眠ぃっ

なんでも自ら身体の痛い部分や治癒してもらいたい部分を、びんずるさんの身体の部分にすり替えて撫でることで病気や痛みが無くなるとされる。

それゆえ、びんずるさんは「撫で仏(なでぼとけ)」などと称され、現在も多くの信仰が寄せられる。

びんずる回し

毎年正月6日の夜には、びんずるさんの台座ごと引き回し、一年間の無病息災を祈願する行事は今や善光寺に無くてはならない行事の1つとなってい‥‥申す。ビンズゥァっ(”びんずる”を表現)

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